630.待ったなし
2022.10.26
ブログを読んで下さるみなさま、いつもありがとうございます。六本松地区で開業していますまつばら心療内科の松原慎と申します。
待った、というと何を思い浮かべられますか。
多くの人は、将棋や囲碁で手を指した(打った)事後に、撤回・変更することか、お相撲の立ち会いのタイミングが合わない待った、のどちらかまたは両方を思い浮かべられるかもしれません。お相撲は、敵と息を合わせる、というなかなか世界的にも珍しい文化様式を持つスポーツです。スポーツと言うよりは元々、神事・仏事であったものが興業化されてスポーツ化したものでしょう。
ボードゲームにおける待ったは、アマチュアでは時々あるようですがプロでは厳格に禁じられています。本当はアマチュアでもやってはいけないのですが、そういう認識なく横行している場合もあります。
待ったが何でいけないかと言えば、リセットを掛けることによって、着手後にそれを前提として、敵方も思考をスタートしているにも関わらずそれを無にしてしまうので、やり直しと言うだけでなく、相手の持ち時間を奪う行為でもあるからです。
競技も演奏・演技も、その1回が本番です。
ということは、ミスや間違いをしても、それを前提に次の手を考えていくことになります。後戻りは出来ません。
人間社会の中では、謝罪や修正が効くものであれば速やかに実行します。競技においては、差を付けられたとしても引き離されないようにひたひたと付いていくしかないこともあります。そういう辛抱は辛い時もあるのですが、結果を受け容れ、なお最善を尽くすということは、すべてにおいて重要なことであり、自己成長の糧になります。
それがフィジカルにおいても頭脳においてもアスリート達の姿勢であるとするならば、辛いことを受け容れたり乗り越えて、なおそれでも最善を尽くそうとする姿勢に、私達は感動するのでしょう。