452.被愛感
2022.05.02
452.被愛感
ブログを読んで下さるみなさま、いつもありがとうございます。六本松地区で開業していますまつばら心療内科の松原慎と申します。日々元気に営業しております。
内観療法の大事な概念に、被愛感というものがあるそうです。
愛されているなぁ、と感じること、ですね。
しかしこれは、自分の足元に一度しっかりと立ち返って見て初めて分かる時もあるようです。
学生時代、親がご飯を与えてくれるのは当たり前に思っていました。もちろん、親は子を食べさせる義務があるので、当たり前なのかもしれませんが。いざ親になってみると、何を作ろう?では材料を何を買ってこよう?賞味期限・消費期限の近い食材から使わなきゃ、とか、肉が連続したから魚が良いかしらとか、冷蔵庫の在庫の把握、行ってみたスーパーの特売、過去数日のメニューとのバリエーション、考える要素は一杯あります。
最近は、朝の内に家族に、夜何が食べたいか聞いておく様にしています。一言聞いておくだけで、買い物へ行くにも計画性が生じるからです。冷凍のハンバーグを焼こうというなら、冷凍庫から冷蔵庫へ移動しておくという一手間が楽になります。魚の干物を焼こうというなら、メインでなくサブの料理を準備するとか。
要は何一つ当たり前のことはない、ということです。
何気なしに食べていた食事も色々考えたり行動したりがあって目の前にあるのだと気づいた時、その当たり前に思えたことの中に沢山の愛が詰まっています。食べ物だけではなく、お世話になったこと、お世話をしてお返ししたこと等分かってくると被愛感が得られてくるそうです。
愛されているのが分からない、と思う時、何かを当たり前に感じているかもしれません。日常の些細なこととか、家族が自分に八つ当たりを控えただけでも、それは少しだけ愛されているのかもしれません。